悲しいです
認知の歪みな気がします
どうやって認知を改善しましたか
先日、別部署の社内の3つくらい上の役職の人から、スカウトされました
評価してもらえたことを嬉しく思います
一方で、私は本当に評価される人なのだろうかと疑問もあります
特に、3年くらい前、ひたすらギャップフィードバックでずっと言われてた環境にいたので、自分は取るに足らない存在ではないだろうかと思う気持ちが拭えないです。
それらのギャップで悲しく感じます
どうやって自分は取るに足る存在だと認知を改善しましたか
悲しいです
認知の歪みな気がします
どうやって認知を改善しましたか
先日、別部署の社内の3つくらい上の役職の人から、スカウトされました
評価してもらえたことを嬉しく思います
一方で、私は本当に評価される人なのだろうかと疑問もあります
特に、3年くらい前、ひたすらギャップフィードバックでずっと言われてた環境にいたので、自分は取るに足らない存在ではないだろうかと思う気持ちが拭えないです。
それらのギャップで悲しく感じます
どうやって自分は取るに足る存在だと認知を改善しましたか
スカウトおめでとうございます。
評価されるべき人かどうかは、自分ではなく相手が決めることだと思います。3つ上の役職の人が別部署からわざわざ声をかけるのは、手間のかかることです。その手間をかけるだけの理由があった、という事実のほうを信じていいのではないでしょうか。
3年前の環境は、ギャップを指摘するのが役目の場だったのだと思います。そこで言われたのは「足りない点」であって、「取るに足らない」という意味ではなかったはずです。
そのうえで、書き方について正直に気になった点を書きます。最初に読んだとき、少しもやっとしました。
・実際に起きたのは「スカウトされた」という良い話だけなのに、それを「悲しい」「取るに足らない存在」で包んでいるので、自虐風の自慢に見えてしまいます。読む側は「すごいですよ、自信持って」と返すしかなく、褒め言葉を言わされているように感じる人もいると思います。
・「どうやって改善しましたか」という聞き方は、読む人が同じ悩みを持っていて、すでに乗り越えた前提になっています。そういう経験がない人にとっては、答える義務だけを渡されたように感じられます。
悩んでいること自体を否定するつもりはありません。ただ、「嬉しかったけど不安もある。似た経験をした人がいれば、どう受け止めたか聞きたい」くらいに書くと、ずっと答えやすくなると思います。
スカウト自体は自信を持っていい話なので、応援しています。
評価する人や環境が違えば、評価が全く違うものになるのはあるあるなのかなと、、、。
評価される環境で存分に評価され、それを引っ提げて自分の望む、評価される環境に行くべきかなと思っています。