私は31歳で、就職活動の時期は売り手市場でした。氷河期世代の方々から見れば、恵まれた時代に社会に出た人間です。そのうえで、率直に疑問に思っていることがあります。
氷河期世代の中には、日本経済の衰退や自分たちの苦境は竹中平蔵氏の政策のせいだと語る方が一定数いるように見えます。就職時期の運不運が人生に長く影響した、という構造的な問題があったことは理解しているつもりです。一方で、20年以上という長い時間のなかで、ご自身の選択や行動でできたことはなかったのか、と考える方は同世代の中にいないのでしょうか。それとも、そう考える余裕すら当時はなかったのでしょうか。
実際に当事者だった方々が、構造のせいと自分の責任をどのように切り分けて考えているのか、また、政策や特定の人物に原因を求める気持ちがどこから来るのか、聞かせてください。同じ世代でも見方が分かれているのだと思いますが、その違いがなぜ生まれるのかにも関心があります。
批判したいわけではなく、外から見ているだけでは分からない当事者の実感を知りたくて質問しました。体験談でも率直なご意見でも、ぜひお願いします。
当事者世代です。この竹中平蔵の発言の問題をしらけた目で見ていました。
私は2003年に新卒で就職しました。
いわゆる氷河期時代のワースト1.2の年です。大卒内定率50%じゃないですか?
私は恵まれた方で、運が良く、また、先見の名というか、大手外資テックに入社することができました。
一方、大学の同期の何人かは、まともな内定がもらえず、就職浪人した友人も何人かいます。また、就職せずにバイトを続けた友人もいます。
早慶卒でも内定取れない人がいた時代です。信じられないでしょう。これが普通だったんです。
確かに、彼らには、何かできることがあったかもしれません。でも、就職も転職もご縁ですから、頑張ったところで、実を結ばないこともよくあるのです。
また、一度、非正規で、キャリアを始めてしまうと、その後に正規のルートに乗るのは相当に難しいです。
非正規でしか就職できなかったのは、間違いなく、竹中平蔵の政策にも一因がありますから、恨みたくなる気持ちもわかります。
ということで、私は同情派です。
繰り返しますが、私がいまそれなりに恵まれたところにいるのは、運が半分だと思います。