子供を持つことに前向きになれません。
先祖が代々やってきたし、お金が余ってるので子育てもできるなーという年齢になってきました。
しかし、子どもに同じように習い事をさせて、受験勉強させて、就活させて、社会の歯車にさせて、、って、
そんな事をさせたくないなー。
自分が時間を割いてまで、それを味合わせる必要あるのかなー、となってしまいます。
人生辛いことだらけではない、幸せなことも沢山あることは知っています。その上で、私はどうすべきかを悩んでいます。
同じような考えの方はいますでしょうか。
また、考えたことはあるが、考えが変わった方などがいれば教えて頂きたいです!
年齢による制約はありますよね。だからと言って、それが子供を持つ理由になるのは、よく分かりませんが。。
可愛いというのも最初の4,5歳までは想像できるんですが、それ以降はあまりにも能力が低かったりした場合に育てるストレスがかかるなー、とか。
人間なので制御にも限界があるので、色々と悩みの種が増える事を恐れています。
人生については、生まれ落ちたことの後悔とまでは行ってない気がします。
ただ、もう一度全部同じ経験して、今に至りたいとは思わないです。
んー、っと。。
議題に対しての回答というか、考えが欲しかったんですが。。
とりあえず、思考したことがないと受け取りました。
はい。
そんなことを思考したこともない、当たり前のように子供を持ったってことですよね。
思考したことない方に対して、特に意見は求めていないので問題ないです。
そうですね。思考は呼吸に近いかもしれないです。
では、熟考したことない!方だと理解しました。
なぜ論点をずらしておられるのか分からないのですが、、
とりあえず、他の方の意見を聞くので、もう大丈夫ですよ。
はい、議論ではなく、感想を書いてみたかったんですね。相手をしてしまった、私が悪いです。
ただ、次回からは最初からレスしないでいただけると大変助かります。。
また、可能であれば、議論の妨げになるのでコメントを全部消して頂けますでしょうか。
よろしくお願いいたします。
ありがとうございます!!
感想ありがとうございます。
あなたは以下を言いました。
◦子供は歳をとってからは作れない。
◦あなたは自分の人生を後悔しているんですか。
◦思考は息をするようなものだろう。
◦論理的やロジカルと言う人ほどその能力がない。
◦テイカーなあなたと喋る気がないです。
申し訳ないですが、噛み付くと言うより困惑していました。一つ一つご本人が凄いこと言ってますよ、というのを確認していたつもりでした。
次回は議題に対して、考えをコメントいただければと思います。
えーっと、あなたに与えた助言すら勿体無いと思ってコメント削除しているので、ちゃっかりメモ残さないでもらえますかねぇ。
所々恣意的に書き換えられていますし😇
気持ちはわかります。ですが正直に言わせてください。
「習い事させて、受験させて、就活させて……そんな社会に産み落としたくない」
それ、子どもを持たない理由としては、かなり浅くないですか?
「自分が経験してきた道を、そのままなぞらせるしかない」という発想が前提にあるように思いますが、レールを敷いてあげるかどうかは、社会ではなくあなたが決めること、レールに乗るかどうかは子ども自身が決めることです。
最適解、コスパ等の言葉が世に蔓延っているから、それが正義だと捉えがちですが、色んな生き方があります。
深く考えているようで、実はまだ自分がどう関わるかという一番大事なところまで、思考が届いていない段階かもしれません。
蛇足ですが、子どもが笑ったり、ママ、パパと呼んでくれたり、転んで泣きながら寄ってくる姿を見て、初めて「この世界が、少しでもいい世界であってほしい」と本気で思いました。
特に子供を持つかどうかについて、議論などはしなかった方だと理解しました。
自分が経験してきた道を完全になぞるとは思っていないです。しかし、特別な才能がない限り、ほとんどの人間が受験戦争や就活戦争に戦うことになります。
大変くだらないことだと思いつつも、それが世の中なのでしょうがない。
結局、そういうつまらない結論にいたる確率が高いのであれば、私が時間をかけて育てる命に意味はあるのか、などを考えてみたわけです。
これが浅いとは、個人的に思っていません。。
そうですか。私はあなたのことを大変自己愛が強い人間なのだと理解しました。
まず、ご自身が歩んできた人生は決して唯一の正解ではなく、マジョリティでもないことを認識しましょう。(これはエコーチェンバーの影響もあると思うのである程度はしょうがないです。)
日本の大学進学率は5,60%です。
高卒、中卒の選択肢もあれば、受験戦争とは縁遠い大学に進学する場合もあります。
また、昨今はブルーカラー職の需要が強まっていますし、受験戦争、就活戦争への参加が必ずしも正解とはなりません。
そして、子どもはあなたの所有物ではなく、一人の人間です。↑でも記載しましたが、レールを敷くのはあなたの自由ですが、進路を決めるのは子どもの自由です。
社会から抑圧されて受験戦争というルートを進まざるを得ないと認識されているのであれば、大変視野が狭いと思います。地方にどんな仕事、生活があるかを一度調べてみることをおすすめします。
私も同じように考えてました。
しかし、実際に子供ができると、あっ私は、この子を守るために今まで生きてきたんだ。と思う生きがいができました。
しかし子育ては簡単ではありません。
感情も安定してないし、、、
子供にとっていい親なのかはわかりません。
子供視点では分からないですが、親としては子供に出会えてとても幸せです。
とーーーーっても可愛いです。
実際に子供を持つ決断は、どのようにしましたでしょうか。
結局、不安はありつつ、流れに任せたということでしょうか。理性というより、本能に任せたということですかね。
私自身は習い事も受験勉強も就活も総じて楽しかった思い出なので、同じ目に合わせたくないという感情はないですが、我が家も子供は作っていません。
最初からきっぱり決めてた訳ではありません。結婚した後に作るかパートナーと真剣に相談したこともありますし、子供が居たら居たでそれなりに親として頑張っただろうと思います。
しかし総合的に判断して子供を作って過ごす人生よりも、子供なしでパートナーとの二人の人生を楽しむことにしました。
片方が完全でもう片方は絶対後悔みたいな選択肢ではなく、どちらにも良い面・相対的に良くない面があることなので、自分に合う方を選べば良いと思います。
総じて競争を楽しんでらしたんですね。
私の場合は、どれもくだらないと思いつつも、負けるのが嫌だから戦うという後ろ向きな理由が大きかったと思います。
最終的に、どのような議論の末、子供を持たないことを選んだか教えていただくとこはできますでしょうか。
よろしくお願いいたします。
既に子育てを仕上げつつある立場です。
私は、今後の経済成長、環境問題などを考えた時、子どもにとって幸せなのか?と頭でっかちで子供を持つ事に気が進みませんでした。
が。
制欲ってよく出来たメカニズムですね。
勢いがないと子作りも子育ても無理。
でも、育児を通して自分の足りなさ、新たな世界、底力を自覚、開発できました。人生2倍以上の厚みができたと思います。
今は自分の子供がこの先の世界を継承してくれる事を楽しみにしてます。
やはり、勢いが大切ですよね。
理性的かつ論理的なカップルの場合、そういうことにならないのが、あらたな悩みの種を生んでます。
コンサルよりのロジック重視の業界にいると、ロボットかというか、何事も感情よりも論理を元にした行動になってきてしまっているんだろうな。。っと独り言を言ってます。
一児の父です。以前は同じ気持ちでした。
ただ、子供が産まれた後はそのような感情はなくなりました。
投稿主さんが仰る、大した能力もなく競争に揉まれながらの30余年ですが、この子のためにこれまでの私の人生があったのかと素直に思います。子供を持たない人、持てない人を批判する意図は一切ありませんが、何者でもない一般人が生まれてきた意味を持てる最大のチャンスなのかもしれません。
樹木希林さんが「(結婚は)分別がついたらできないんだから、若いうちにしなきゃダメ」と仰っていたそうですが、メリデメで考えると子供を持つ選択もしづらいのだと思います。
自分が生まれたきた意味を持てるチャンス。
これは以前同僚と話した時にも、同じような意見がありました!
ただ、それはその子に期待したりするということですよね。その期待が外れた時に、逆に自分が生まれた意味さえ傷つくリスクになり得ると思いました。また、基本的に他人は制御できないので、期待したくないというスタンスなんですよね。。
樹木希林さんの話は聞いたことがありますね笑
やはり、理性的な話が入ってくると、結婚や子作りは難しいですね。
元気で楽しく過ごしてほしいとは思いますが、期待というより願いですかね。もちろん、ちゃんと言うこと聞いてほしいとか細々したことは思いますが、何か求めることはないです。いてくれるだけで大満足です!
投稿者の品の無さや思慮の浅さを見る限り、よっぽどつまらない人生を歩んでこられたんでしょうね。
親から愛されず、不幸な家庭環境で育たれたことお悔やみ申し上げます。
はい、私の個人的な思考プロセスに関しては、表面的なコミュニケーションが中心の家庭で育てられた事が影響している可能性があります。それか、生きていく中で人に期待しないことを覚えたとか。。
ところで、議題に対してのご意見をいただけたら嬉しいのですが。期待というより、そういうコミュニティ◦サービスだと思ってお願いしています。
人に期待しないことを覚えた割には、人からの意見を期待したスレッドなのですねw
そうですw
特定の誰かに期待するのは疲れるのですが、匿名の誰かへの期待は少し毛色が違うんですかね?😆
はい!どなたかの、なるほど!という意見を期待してます!!
多分ですが、スレ立て直した方が良いんじゃないですかねー
「ほとんどの方はそこまで深くは考えていないんでしょうけど、同じような考えの方はいますでしょうか。」
この可燃性高めのワードのせいで、全員を見下したかのような雰囲気(敵を多く作っている)になっている気がします。
確かに良くなかったです。。反省しています。
内容変えました!!
編集できたようで何よりです。
こう書いたらどう受け取られるか、すら考慮できず、よく「自分は考えが深い」と思えるなぁと尊敬しました。
正直に言うと、若干アテンションを得る書き方をしました笑
ただ、ほとんどの方は何も考えずに子供を作っているんだろうな。というのを匿名だからと言う理由で前面に出しすぎました。
「自分は考えが深い」と断言できる訳ではないですが、自己評価としては思考実験を色々としているつもりです!
(実際、ここの板を見る限り。かなりの人が何も考えずに子供を持っていそうですし、、その方達よりは日々思考しているかと、、、)
アドバイスありがとうございました。
前向きになる必要を感じているということでしょうか?
子供は、作らなきゃいけないものでもないですし、自分は子供は持たない、でいいのでは?
かくいう私は、家庭環境に関して(だけ?)は、恵まれて育ったので、絶対に子供を持ちたくないとは思いませんでした。かといって絶対子供が欲しいわけでもなく。
どっちに転んでもいいようにかまえたって感じです。
結果的に子供はいますが、大変すぎて、内心、DINKSが最強だよなあとか思うこともあります(子育てにあまり向いてないタイプ)。
そうですね、、
やはり、半分以上の人類は依然として、結婚して子供を持っていると思います。
そうなってくると、やはり何か前向きに考える思考プロセスを知っておきたいというのがあります。
例えば、凡人が死んだ後の功績を後世に少しでも伝える手段とか。とりあえず、何かセックスしたかったからとか、そう言うことではない理性的な理由が欲しいいなあと。。
おっしゃる通り財政的な観点では、DINKSになるんだろうなあと。。。そちらのロジックの方が容易に理解できます。。
似た考えあるかもです。
自分の脳や容姿が遺伝したところで、大して優れていないので努力に寿命を割かせてしまうし、今の経済状況で育てたとて、裕福な家庭との格差をいずれ味わわせてしまうし、、まあ結局、今の自分がそんなに「生きててよかったな」と思えてないので、長生きしたくないってのもありますね。努力して稼いで好きなもの買うのも、普段の生活も、別に生きたくないけど仕方ないから気を紛らわしてるだけ。努力したとて、格差は埋まらないし、大して努力しなくても幸せに生きてる人が沢山いる。または努力がしやすい+報われやすい環境に生まれついて、スタート地点から有利。自分はもう、親が自分が生まれたことで幸せになったのならそれでいいや、くらいにしか思ってないです。生きてると努力し続けないといけないので、正直面倒くさいです。
子供できると育児のために長生きしないといけない義務が発生するので、前向きにはなれないですね。あと自分を親として生まれてしまうことに申し訳なささえあります。
幸せに生きてる方には理解されないし、考えたこともないと思います。恵まれてる自覚がない方は特に。
コメントありがとうございます。
生まれながらに埋められない差って、現実的な話をすると絶対にありますよね。
経済的な話だと、最初から資産を持っている家庭に生まれると、その子どもに与えられる選択肢の多さは違いますよね。
容姿に関しても、現実世界で話すことはタブーですが、絶対に人間関係に影響があると思います。
ご意見ありがとうございます。
最近2歳になった男の子の父です。
私は現在29歳ですが、正直に言うと妻の妊娠がわかるまで子どもが欲しいと思ったことはありませんでした。
ただ、産まれてから今日まで息子が可愛すぎて毎日が充実しています(もちろん同じくらい大変な時もあります)。
可愛すぎて毎日食べてしまいたいほどです。
どこかで「子供は可愛さで3歳まで一生分の親孝行を終える」と聞きましたが、まさにその通りだと思います。
健康面で問題なく子どもがつくれて、少しでも欲しい気持ちがあるのであれば子を持つことをおすすめします。
論理的に何故かみたいな難しい説明はできないのでお答えになっていないかもしれませんが、少しでも参考になれば幸いです。
投稿者ご本人が、自分の人生を肯定できてないのだなと思いました。だから、その再生産をしたくないと。
私から確実に言えることは、投稿者さんと、その子供はまったくの他人なので、この世に生まれ落ちても、同じような考えにはならない、ということです。
もっと肯定的に人生を楽しむかもしれないし、より悲観的になるかもしれません。
未知ではありますが、すでに肯定できない子なしの人生に、確実に変化は訪れます。自分の感情をそのまま子どもが味わうと考えるのは、一種の妄想、傲慢だと思います。子どもは、自我を持った他人です。自己の延長として考えるべきではありません。
親は、子供が生まれたら、必死に生きざるを得ないのです。より難易度は高まりますが、生きている実感もまた高まります。
子供2人を育てて、たいへん人生が豊かになって、毎日大変だが想定外で面白い人間としてはそう思います。
私は考え抜いた末に、人間はそもそも生きる意味など自分で見つけるしかない、生物的には子孫を残せば勝ち、残せなかったら負け、なだけだと割り切って、子供を残してます。
投稿者さんは、深く考えてるというわりに、思考レベルが、個人の経験と人間社会で止まってませんかね?なんか思考レベルが、目先の損得で考えるコンサルレベルというか。他の方が書いてるとおり、浅いように、私にも見えます。なのに、自分では考えてると思ってて、他人を「考えてない」とか書くから、炎上するのでは?少なくとも私はあなたよりは考えてますよ。そのうえで乗り越えての結論です。
自分の観測範囲の論理性ではなく、より哲学、地球の歴史レベルで考えてはいかがですか?
そうですね、前提として自分が生まれてきた意味、みたいなものが分かってはいないので、全肯定できていないですね。大谷翔平とかになれてたら、何か変わってたかもしれないです。
はい、子供が自分と同じように、ほとんどの人の人生は退屈だなー、なんて思うとは思ってないです。ただ、くだらない受験戦争や就活をやる確率ってのが、凄い高いと思っています。(私のアドバイで楽させることは、できる可能性はありますが)
ちょっと、話が外れる気もするんですが、「大人」ってものにいざ自分がカテゴライズされ始めて、「大人」について考えることが増えました。結果、大したことないな、なんならクソな大人ばっかだな。とか、絶望してる節があるのかもしれないです。ほとんどの人が自己利益を追求してる資本主義に疲れたとか、そういうのもあるかもしれません。
あと、哲学的◦地球的なスタンスで言うと、地球を守りたいなら人類は社会活動を原始時代レベルまで落とすか、人間がいないことがベストなのでは、というスタンスも少しあるかもしれません。。
20代、自分のためだけにこれから何十年も真面目に働くのは余りに辛いと感じて結婚し、誰かに感謝されたり頼りにされる事がこんなに幸せだと感じて子供を授かりました。今とても幸せで、自分の選択に間違いはなかったと確信しています。
他の方も言ってますがこの選択は年齢制限があるため、遠い未来に選択肢を失ってから選ばない後悔をするよりは、自分で選んだ後悔をする方がずっとマシだという考え方もあります。
「自分のためだけに残りの人生を生きるのは辛い。」
これも同僚と議論した時に出ましたね。一部同意できます!
ただ、私の場合、子供がいなくても、パートナーのためや育てたい事業や、熱中できる趣味があると、それで十分だと感じてしまうんですよね、、
あと、金銭的な話をすると、都内だとパートナーを少し楽させる程度で結構大変です。。自分のためだけ、というより、今を上手くこなすので忙しいなあと。
また、その子供のために、って働いて、その子に何か期待するのも嫌だなあと想像したり、、
よく言う「やらなかった後悔より、やった後悔」ってスタンスですよね。
ここはDinksとして生きる!っていうのを主語にしても成り立つとは思うので、もう少し考えます。。
望めば子供が持てる、という前提に立たれていると思いますが、そうとは限りません。
私も投稿者さんと同じ考えでしたが、いざ子供を持とうとパートナーと決意してからが大変でした。不妊で悩んで、治療に通って肉体的にも精神的にも削ってようやく授かりました。欲しくても授かれなかった方もたくさん知っています。
子供を持つ素晴らしさは色々ありますが、個人的にはこれが好きです。
品川祐さん
「人生が変わった。
品川 うん。変わったね。なんでもそうなんだけど、1回目に勝るものってないじゃん。例えば初めてディズニーランドに行った日。その前日に「明日ディズニーランドだ!」ってワクワクしたあの感動とかって、大人になるにつれてどうしても薄れてくるんだよね。だけど、子どもができるともう一度、新鮮な「初めて」を経験できる。「子どもと行くはじめてのディズニーランド」になるのよ。
そのほかにも、初めての入学式、はじめての運動会。子どもが生まれたことで、自分の人生の中に、もう一周初めてがある。それが単純に面白い。
」
引用元: https://naresome.co.jp/note/shinagawa-hiroshi-parenting/
コメントありがとうございます!
今までいただいたコメントの中で、1番響くストーリーでした。
私は冷笑界隈気味なので、この子は何も知らないなー、とかも思いそうですが。笑
家族として何か経験できること、そこに子供がいることでできる思い出はありそうですね。
そこに価値を感じるかどうか、時間やお金、苦労を重ねても挑戦したいと思えるか、考えてみます。
ありがとうございます。
なんか投稿者さん、疲れてたり悩まれてたりします?
投稿文では人生は辛いことだけじゃ無く幸せな事もあると仰ってますが、返信を見ているとどうしても人生の辛いことにばかり着目しているように感じられます。
子供どうこう以前に普段の生活を楽しめていないので、子供についても悲観的に捉えてしまっているだけなのかなと思いました。
何をコメントしても噛み付かれがちなので、お気をつけ下さい…
スレ主は自分に賛同するコメント、イエスマンを求めていらっしゃるようなので。
このサービスってブロック機能とか無いんですかね。。
なぜ私のスレに必要に書き込みをするのか理解できないです😆
すでにあなたの感想は大丈夫だと意見させて頂きました。返信は良いのでご退場ください🙆
今は出張で海外に来ていて、逆に魔が刺してこのような投稿をしている節があります笑
人生の辛いことというより、「子供を持つ」という超絶不確定要素に挑戦する希望が欲しいと言ったところです。
誰か私を納得というか、理屈ベースで考えを共有して欲しいとただ思ってるだけです🙋♂️
マジレスすると、
損得で考えれば子は持たない方が良いでしょうね。入ってくるものは児童手当のみ、出ていくものは食費・教育費・子育てにかける労力・時間、無数にあります。
ただ、子はプライスレスなんすよ。このプライスレスを合理的に語って私を納得させてね、というのが不可能なんです。子供の笑顔とか一緒にいる幸福感とか、合理的に語るの難しいっしょ。
これ、「持ち家vs賃貸」論争と同じで、合理性・経済性のみで考えれば賃貸、幸福感・所有欲・満足感とかで考えれば持ち家。両者は価値判断の軸がちがうので混ざり合えないんっすよ。
噛み付きたければどうぞー。
なるほど。1番スタンスを理解できました。
理屈で結論づけられる話じゃ無いって、意見ってことですね。だから、最初から噛み合わない訳です。
今までいただいたコメントの中でも、合理性というよりかは家族や子供を持つことで、何かプライスレスな思い出を得られる。という論点が1番納得はできました。
すでにコメントをしていますが、やはり、自分が考えるべきことはそこなのかもしれません。
コメントありがとうございます。
(最初からこのくらいマジレスでお願いします。遠回しすぎて伝わりませんでした。)
良かったです、これで仲直り(?)ですね。
やたら噛み合わないので、大人げない返信が多くなってすみませんでした。
何事も合理的に考えて納得したいお気持ちは立派だと思いますよ。
スレ主とこのまま仲良くお別れしたいので、このスレからは去りますね😆
納得できる、良い着地点が見つかること良いですね。
それではー。
はい、仲直りにしましょう。
少し話が変わりますが、この合理性を突き詰める生き方は辛いです。職業柄なのか、いつからこうなのか。。
特に重要な決断や猶予があるもの、自分でコントロールできる決断でこそ、合理性を求めてしまいます。
雑な言い方をすると、田舎で野菜育てて、日々それくらいしかやることないとか、その方が何も考えずに家族を持つ人生だったろうなあ。とか、馬鹿にしてる訳ではないですが思ったりもしています。
思考を上手く使い分けれれば良いんですがね。
難しいです。
現実世界では、ロジカルハラスメントをしないように、脳内だけで頑張って抑えて日々生活してます。
燃えてますねw
ただ、私も同様なことは考えたことはあります。
結論から言うと、同様に考え続けた結果、主観という個人の好き嫌いしかない世界まで辿り着き、自分が好きならやればいいし、嫌いならやらなくていい。そしてその世界では、自分の行動は自分の好き嫌いのみで意思決定されるので、好きになったらやろうかな、というところで落ち着きました。
思考の変遷は以下です。好きな方だけ読んでください。
理不尽が多い環境でなんとか生き残る→ すべてに意味がないことを悲しみ苦しむ→自分の存在も意味がないと悩む→生物とは遺伝子の乗り物という考え方に出会う(ドーキンス)→乗り物にそもそも意味はなく、むしろ全てに意味(作為)がないことを学ぶ(一般的な意味の文脈においてAll = false)→ニーチェの永劫回帰に出会う→コギトエルゴスム我思うゆえに我ありのみの世界だと主観がすべて→主観の観測地点さえ変えれば世界は”自分にとって”のみ意味がある状態になると理解する→永劫回帰を実践するようになる(繰り返しで何の意味もない人生なら、「ならば、もう一度」)→自分の好き嫌いの意思決定だけならシンプルに好きなことをやると楽しくなる→意思決定して好きなことをやり続けている自分は乗り物ではなく、概念的な意思決定の地層という自分なのだというアイデンティティに気づく→さらに好きなことを意思決定してやり続ける(山芋を食べ続けるなどの細部まで)→そんな普通ではない人間に共感してくれる人もいると気づく→そんなに世界って捨てたものでもないのか?と考え始める→10年経過する→まあ子供がいるのもいいか、と思うようになる
コメントありがとうございます!!
大変参考になりました。
もう少しこのままの勢いで、Noteやはてなブログで知見を共有していただきたいくらいです。
世界って良いな、っと思うエナジーが減っているのかもしれません。(特に最近エプスタインの話やら、大人ってやつはと子供じみた思想が肥大化しています。)
ただ、見知らぬ土地で親切にして貰えたり、確かに良いなと思うこともあります。
もしかしたら、私も世界って捨てたものじゃないと、誰かに思わせることができる行動をする意識をすれば、何か変わるんですかね。
失敗したくない、損したくない、など利己的な思考がどうも多くて、、、
とりあえず、ゆとりを持てるように頑張ってみます。
ありがとうございます。
論理的に考えて子供作る人いるかよ。本能と感情と勢いよ。煩悩の始まりだけどな
煩悩の始まり、、
やはり、そういうのを聞いてしまうと、、、
とりあえず方向性は定まってきたので、頑張って考えてみます。
煩悩からの解脱はある意味出家に近いとだけ言っておきます
主義主張は違えど
この間の反出生主義者、DINKsのような存在は社会から排除すべき!って人と同じ匂いを感じますね
投稿主さんにとっての幸せって何でしょうか?もし、そこに他人尺度の割合が高いのであれば、子供ができることで自分尺度の幸せが増えるかもしれませんよ。少なくともわたしはそうでした。
私が定義する幸せ。。
今が十分幸せだと思っては、いるかもです。
健康に毎日朝起きて、程よく働いて社会の役に立つこと。がなんだかんだ、幸せってことになってしまっています。
ただ、これをたまに他人軸で比較したときに、絶望感みたいのか生まれたりしますね。。分かりやすいのだと、SNSで自分より頑張ってる(頑張っているように見せてる?)人を見た時とか。
子供ができることで、自分尺度の幸せが増える。
理解しきれてはいないんですが、子育てって未知すぎるんですよね。
なので、自分が持つ責任範囲を広げるのが怖いっていうのも、子育てが怖い理由です。
親になった場合、子が行った過ちは死ぬギリギリまで責任を負わされます。そういう人は稀だと知っていますが、子供を完全に制御することはできないですし、何が起こるかわからないという不安に苛まれている。っといったところです。。
かなり真面目に考えられてらっしゃいますよね。
人として社内の役に立つことは重要ですが、どうしても他人の評価や需要ありきになりがちじゃないでしょうか。
よく親が子供の写真をSNSであげてたりしますが、あれは第三者が見てもなんてことはないものばかりです。でも、その子の親にとってはとても価値のある1枚だったり。それはまさに、自分尺度の幸せが増えるってことを象徴してると思います。
子供を持つのも、育てるのも、不安なのはみんな一緒ですよ。でも、心を砕いたり大変なことが多いほど、子供の成長と共に家族でしか分かち合えない幸せや思い出が増えるのではないでしょうか。
基本的に肉体は遺伝子の乗り物なので、生殖しないという考えはありませんでした…
『利己的な遺伝子』由来の話だと思いますが、遺伝子の乗り物が、遺伝子に反する意思決定をできるようになった時点で、もう遺伝子に縛られる必要はない、とドーキンスは言っています。
要するに、遺伝子は生殖という唯一の退出経路に辿り着くことを模索しつつ乗り物に乗っていますが、乗り物である我々はそれとは関係なく好きなことをして好きなように一生涯を終えられるくらいに進化したということです。
よって、遺伝子が人間という乗り物に意思決定を任せた時点で、生殖に至らない道はそもそも選択肢に織り込まれているのだと思います。
その本由来の言葉だと思いますがそれを読んだことはなく、私はそれを考えるに至らなかった、という話をしたかっただけです、なんかすみません
いえ、あなたを糾弾しているわけではないんです。
この『利己的な遺伝子』という本で、生物は遺伝子の乗り物だという考え(進化生物学由来)が広まりました。
ただ、前述のように、「私たちは遺伝子の乗り物にすぎない」ではなく「遺伝子がやろうとしていることを否定さえできるのは人間だけだ」という、人間には乗り物ではなく自分の人生を生きる意思決定の力がある、というのが言いたかったのだと著者のドーキンスが述べていました。
なので、生物は遺伝子の乗り物だという話をするときは、それとセットでその遺伝子の意図さえ否定できる強い力を持っているのが人間だ、という話までしてほしかった。という意味でした。
小学生の子供が2人います。
子供いない人の方が、人生の幸福感が高いってデータが出てるんですよね。
それ、とても分かる気がします笑
毎日、子供のために生きてて、疲れて、、、幸福感は低いかもしれませんね。うん。
子育て終わったら、幸せだったなって思えるんでしょうか。
主様がどちらを選んでも、応援します!
コメント遅くなってしまい申し訳ありません。あなたの考えは理解できます。
反出生主義者のようですが、私は生きていることが苦しい時が多く、死と苦痛の恐怖を生きる上では避けることができない上で、その生を相手の意思を問わずに与えるのは道徳的ではないのではないか、と考えていました。
私は信仰をぼんやりと持っており、結局この世は涙の谷であり、魂を陶冶する谷にすぎず、魂は私が生まなくとも神の摂理によって必ずこの世に生まれてくると考えました。
ありきたりかもしれませんが、生まれてくるのは私の責任ではないという考えです。そして苦しみと死は人に課せられた運命。
であれば、その苦痛を理解せずに生きている人々よりも、苦痛がありうることを理解した私が小さい者の側にいることで貢献できることはあるのかもしれない、という自己正当化を子どもを持つにあたってしています。
できるかは分かりませんが、できなかったら、何かコミュニティで誰かを育てるとか、養子を取るとか弟子を作るとかもありだなーと思ってます。