「いい大学に入れば安泰」「大手企業に入れば安泰」といった考え方は、さすがにもう現実とズレている、という認識は多くの人が持っていると思います。
一方で、「過去にレイオフのない企業に入ればその点では安泰」「自分にとって心理的安全性の高いチームに入れれば安泰」「AIに仕事奪われないようにAI企業に入れば安泰」といった形で、対象を少し変えただけの安泰幻想は、今でもかなり根強いように感じます。
でも冷静に考えると、経営環境は変わる、組織構造も変わる、上司もチームも簡単に入れ替わる、市場や技術トレンドはもっと速く変わるので、今良い環境に入れたとしても、それがその先ずっと続く保証はどこにもありません。
それでも人はなぜ「ここに入れたから大丈夫」と考えてしまうのでしょうか?これは単なる楽観なのか、認知バイアスなのか、それとも人間の防衛本能なのか。
皆さんはどう思いますか?
一度基準を満たせばそこから落ちることはないという幻想を持ちますよね。それがないと人生を安心して生きられないから。努力の対価があって当然という思い込みが強いです。
どちらもあると思います。
認知バイアスとしては、自分の身の周りの人の少数のサンプル(サークルやゼミの先輩が早慶から大手企業に入った人が多いなど)を見て、全体を判断する、思い込む。
防衛本能としては、ずっと危機感を持って生きていくのはしんどいですから、有名大学/大手企業に入ったということを持って一旦安心したいという本能的なものもあるかと。
ただ有名大学/大手企業に入った人は、中堅大学/中小企業に入った人と比較して、その後の就職/転職活動において優位に働く(場合が多い)というのは事実ですし、一生安泰は言い過ぎにしても、現在でもある程度的を得ているのではないでしょうか。
レイオフになった後も名も知れない会社よりは、AWSの方が確実に需要はあるので、好環境の方が安泰というのは間違いではないと思います。入った後にサボると詰むというのはその通りだと思いますが、入れたから後はもう何もしなくていいと思っている人はあまりいないと思います。肌感覚ですが、、、
GAFAにいたことありますが、「自分は、大丈夫」と思ってる方が多かったですね。圧倒的ブランド力のなせる技。
私なんて何度もレイオフの被害を受けてるので、「なんで自分は大丈夫って思えるのか?」不思議であると同時に羨ましくもありました。
「安泰」を少し広い意味で使ってる人が多いのかなと感じます。自分も含めて。
不変、という意味の安泰だけじゃなくて、この好環境に入れば、その後も状況に応じて好環境を自らつくったり選んだりできるような、能力と機会を得られる、というニュアンス。
実際、良い大学に入れたからこそ、良い学友に恵まれて切磋琢磨したことも含めて、就職氷河期にも関わらず一流企業に入ることができ、またその一流企業で超シゴデキ先輩達にしごかれてビジネスパーソンとして成長することができ、その社格と経験があったからこそ、GAFAにいいポジションで転職できて、この歳になって業界リードする各企業の意思決定ポジションにいる大学同級生達と仕事で繋がって、、、って数珠が繋がってる感覚があるんです。
生存者バイアス×正常性バイアスかなぁ。
脳エネルギーの節約するという意味で、正常な人間の本能だと思います。
まずそもそもそう思ったことがないから分からないw。オレの人生安泰だ!って思う人いるんですね。
そう。なぜ”人は「好環境に入れたらその先は安泰」と考えてしまう”と思うのか、と思いましたが、意外と同意な人がいてびっくりしました
ポジティブで羨ましいです、、
自分がそう思うかどうかではなく、なぜ「人は」と自分の考え方をあたかもみんな思うことのように考えるのか疑問でした
人間って危機を感じて防衛モードに入ると、常にピリピリ状態になっていずれメンタルを病むんですよ。
だから、生存の道としてはなるべく防衛状態にならない環境を選びたい欲求が強いのだと思います。
そしてその欲求への解はあくまで自分の認知の域を越えられないので、完全に検証された解ではなく、自分が「そう思った」という解にとどまるのが、スレタイの「大丈夫と思ってしまうのか」というのの答えかもしれません。
主題とは少しずれますが…、
安泰とも思わないが不安だとも思わない。日々そんなこと考えてると疲れてしまうなと感じました。
周りを見ていると一度ネームバリューのある会社に入って成績をだしていたり、分野の専門性が高い方は安泰だと思っているより、自分はどこでもやっていける、再就職先はたくさんあるという自信があり、事実そうなっている気がする。